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 旅行のときに記録をとる習慣がいっさいない。写真も撮らなければメモもしない。さらに俺にとって唯一、自分の行動を記憶しておく手段である文章化すらしないので、いまとなってはすべての記憶が曖昧に混ざり合っている。明確に「ここを訪れた」という記憶があるときもあるのだけれど、ストリートビューなんかで現地を確認しても、あまり記憶と一致することはない。まさに心象風景だ。
 あれはいつだったのかなあ。
 横浜から紀勢本線を通過して、九州方面に向かった。確か長崎まで到達して、時間の問題で帰りは新幹線で戻ってきた。行きに関しては18きっぷである。
 列車に乗るのは好きなのだが、鉄道そのものにはさほど興味はない。たいてい寝ているか本を読んでいる。さもなくば音楽を聞いてぼーっと車窓を眺めているだけだ。目的地もないことのほうが多い。服装もふだんとあまり変わらず、荷物も極限まで減らすほうなので、要するに見た目的には地元の人間とさほど違うところがない。こうして、旅に出てだれかと会話しただとか、そういう経験もほとんどない。ただ移動して、本を読み、たまに街を歩く。それだけである。
 紀伊田辺駅だったと思う。乗り継ぎかなにかだったのだろう。待ち時間はやることがない。なので街を歩く。町並みの記憶もない。ただ、夏で、真昼で、空が広かったことだけを記憶している。暑かった。腹が減ったので、たまたま見かけたスーパーの屋台みたいなところでたこやきを買った。どこで食べたかも覚えていない。ただ、そのたこやきがやたらに大きかったことだけが確実な記憶だ。
 思い出と呼べるようなものをあまり持たない。記憶の時系列がめちゃくちゃなのはずいぶんと昔からそうだ。中学に入ったころからはすべての記憶が曖昧である。たぶんだれとも共有できるものがなかったからだと思う。「だれかと、なにかをした」という経験が極端に乏しいのだ。
 そんな俺にとって、記憶とは意識の痙攣のようなものである。その痙攣のさなかに目に焼き付いたもの、温度、湿度、におい、そうしたものだけが記憶に残る。それは1枚の映像だ。時間の経過もない。それらが断片化されて、無数に俺の内部に蓄積している。タグもなければ優先順位もない。ただ無秩序に散らばっているだけだ。
 今年に入って、自分が若いころに消費してきたコンテンツの作り手が何人も死んだ。老いを意識するのは同世代の著名人の死だ、というのはなんとなく理解できる。が、衝撃は、薄くて、しかも鈍い。

 過去がない、という感じを強く持っている。共有してこなかったせいだろう。
 俺が唯一、本当の意味で、他人と明確に共有したものは、たぶん「AIR」という作品ひとつだと思う。俺は、自分がそれをどう摂取したのかについて、膨大な文章を書いた。それはだれかによって読まれ、別の反応を引き出した。俺もまただれかが書いた文章を読み、それによって作品を再解釈した。一般的に、人がその生涯のなかでどれだけそういう経験を持つのかはわからない。少なくとも共有したものがコンテンツだけだった、というのはあまり多くはないのではないだろうか。そうでなくとも、真正と呼べるだけの共有なんて、そう多くは訪れないものだと思う。
 だからおそらく、その「季節」とでもいうようなものを共有した人たちがいなくなったときに、俺はなにかを失ったと感じるのではないだろうか。俺は、ひとりきりであの夏を見ていたわけではない。この部屋から見ていた俺と、別の街角で空を見上げていた別の人と、遠くの町のディスプレーの前にいただれかと、それぞれはひとりきりでありながら、いろいろな角度からひとつの夏を見ていた。だから、見ていた人が消えたときに、その夏はより淡くなる。作品世界が消えることはない。俺はいつでもそれを再プレーすることができる。けれど、その世界からは、なにか小さなかけらが消えている。

 前述の紀伊田辺を訪れたのは、AIRという作品を知る数年前のことだった。それから長い(というしかないのだろう。主観的な時間の感覚と、客観的なそれは別だ)年月が過ぎた。俺のなかでは、どういうわけかあの夏の一瞬と、AIRという作品は奇妙に重なっている。街をうろついていたときに、自分がなにを感じていたのかは記憶していない。
 おそらくは、うだるように暑く、そして俺はその暑さのなかをあえぎながら歩いていた。ふと見上げると、空が広かった。
 ああ、ここは夏なのだ。
 俺はひょっとしたら、そうだれかに伝えたかったのかもしれない。伝える相手もいなくて、虚空に消えていった無数の夏が、あの作品に凝っていた。
 そういうやりかたで俺はあの作品を消費し、また共有したのかもしれない。
     
 
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