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一クラス会

今年も、もうすぐクリスマス。駅前の通りは、イルミネーションがキラキラと輝いている。歩いている人たちの顔も楽しそうだ。美知子は高校のクラス会に向かっていた。ーーもうすぐクリスマスか・・・。みんな楽しそう。私は、今年もまた、一人で過ごすんだろうなあーーにぎやかで明るい町を歩きながら、美知子は、そんなことを思った。美知子二十五歳。今の会社に就職して三年。毎日、八時に家を出て満員電車で会社に行く。毎日、同じような仕事をして、また満員電車で家に帰る。高校、大学時代は好きな人もいたし、まあまあ楽しかった。でも、就職してからの美知子は、自分の選んだ仕事に満足していなかったし、恋人もいない。そんな時、友だちに誘われて、卒業してから初めて高校三年の時のクラス会に行くことにした。ーー大学進学や就職のために、一緒に頑張った仲間たちに会える。うれしいけれど、みんな、すごく変わってたら、どうしようーー店は、思ったより駅から近かった。美知子は、ちょっぴり不安を感じながらドアを開けた。店内には、懐かしい顔がいっぱいだ。コートを脱いで席に着こうとした時、声がした。「お!美知子、久しぶり!」「あ、広志」「美知子、ここ座れよ」「あ、うん、いいよ」広志は美知子の隣に座った。ーー広志、私の名前、覚えていてくれたんだーー美知子は、高校の時、広志のことが好きだった。広志はサッカー部のキャプテンでかっこよく、人気者だった。広志の周りには、いつもかわいい女の子が集まっていた。美知子は美術部だった。美術室で絵を描きながら、校庭でボールを追いかけ走り回る広志を見ているだけでドキドキした。「美知子、きれいになったなあ」「え?本当?」「うん、きれいになったよ」「ありがとう」広志にじっと見つめられ、美知子は恥ずかしくなって下を向いた。ーー美知子、かわいいじゃん、こんなかわいかったかなあーー広志がそう思った時、サッカー部だった一郎が声をかけてきた。「やあ、広志」すると、人気者の広志の周りに、次々に友だちが集まってきた。「よ、広志」「広志、久しぶり」「広志、こっち来いよ」広志を真ん中に、にぎやかで大きなグループができた。美知子は、広志がいなくなった席に一人で座っていた。そこに、美術部で仲の良かった友だちが何人か来て声をかけた。「美知子、久しぶり」「美知子、元気だった?」美知子の周りにも、小さなグループができた。クラス会が終わって、美知子が店を出ると、「美知子」と、先に店を出ていた広志が呼んだ。「携帯の番号、教えろよー」「え?」「だめ?」「ううん、いいよ、もちろん」広志のマフラーが風で揺れた。雪が降ってきそうな寒い夜だった。広志、二十五歳。大学でもサッカー部だった。大学卒業後、サッカーの経験を活かしてスポーツ関係の会社で働いている。おしゃれでかっこよく、雑誌の読者モデルになったこともある。給料はほとんど服や飲食に使っている。次の日、会社から駅へ歩きながら、美知子は、クラス会で広志に声をかけられたことを思い出していた。その時、携帯電話が鳴った。広志からだった。美知子はドキドキして電話に出た。「もしもし」「あ、美知子?」「うん」「広志だけど」「こんばんは」「あのさ、今週、会いたいんだけど、空いてる日ある?」「え?ちょっと待ってね」美知子は、カバンから手帳を出した。「えーと、木曜が空いてる」「お!俺も空いてる。飲みに行こうぜ」「え、うん、いいよ」「ええと、新宿でいい?」「うん、いいよ」「じゃあ、七時に新宿南口で」「うん、わかった。七時に新宿南口ね」「うん、じゃあな」「うん」電話を切った後、美知子は、空を見上げた。夜空に一つ、とても明るく光る大きな星があった。美知子は、その大きな星にお願いをした。ーー今年こそ、いいことがありますようにーーそして、胸いっぱいに息を吸った。木曜日の夜、美知子は、会社を出る前に、いつもより時間をかけてお化粧を直した。ーーあの人気者の広志と二人で会う?高校時代には考えられなかったことだーー二人は新宿で会った。広志は、スーツ姿だった。ーースーツの広志も、かっこいいなあーー広志おすすめの蕎麦屋で食事をした後、夜景の見えるバーに行った。満月が明るく輝いていた。二杯目のカクテルを、美知子が飲み終えると、広志が言った。「美知子、俺と付き合わない?」「え?」美知子は、驚いて言葉が出なかった。美知子は、広志の目をじっと見つめた。「俺と付き合うと、毎日、面白いよ」広志が笑顔で言った。美知子は笑ってしまった。「じゃあ、よろしくお願いします」クリスマスは、横浜のおしゃれなレストランを広志が予約してくれた。美知子の席から、横浜ベイブリッジが見えた。夜の海に船が浮かんでいる。船の明かりが海に映って揺れている。「素敵な景色だろ?」「うん、とてもきれい」「料理もおいしいだろ?料理長は、俺の友だちなんだよ」「うん、とてもおいしい。料理長が友だち?」「そう」料理長が二人の方を見て手を振っていた。美知子も手を振って、「お料理、とっても、おいしいです」と言った。コーヒーを飲み終わると、広志がどこかへ行った。美知子は、広志を待っている間、夜景を眺めていた。ーー今年のクリスマスは、広志と二人なんて、信じられないーーその時、広志の声がした。「美知子、メリークリスマス!」戻ってきた広志は、赤いバラの大きな花束を持っていた。「わあ!きれい!」花束は大きくて広志の顔が見えなかった。「広志、ありがとう!」ーーなんて素敵なクリスマスなんだろう!ーー美知子は幸せだった。広志と付き合って美知子は変わった。金曜日の夜は、広志と渋谷や六本木のクラブへ行って、お酒を飲んで踊った。「美知子、そのミニスカート可愛いよ」「ほんと?短すぎない?」「うん、おれは好きだな」「ありがとう」「お?髪型も変えた?いいね」「わかる?」「もちろん、わかるよ、色も変えただろ?」「うん、ちょっとだけね」「美知子、どんどん可愛くなってるよ」美知子の髪は、明るい茶色になっていた。美知子は、広志と付き合う前は、ミニスカートを買ったことも、髪を茶色にしたこともなかった。クラブに行って、踊ったこともなかった。美知子は、店の鏡の中の広志と自分の姿に満足した。



二迷い

広志と付き合って、半年が過ぎた。その日、美知子と広志は、イタリアンレストランで夕食を食べていた。コーヒーを飲んでいると、広志の携帯電話が鳴った。「もしもし?どうした?明日の夜?大丈夫だよ。わかった。七時に駅前で。じゃあ」「今の電話、誰から?」「幸だよ」「幸って誰?」「前の彼女」「え?」「言ってなかったっけ?」「知らない」「何か相談があるみたいで」「それで、明日会うの?」「うん」「幸さんとは別れたんでしょ?」「別れても友だちだからさ」「友だち・・・」「美知子も友だちが相談あるって言ったら、会うだろう?」「そうだけど・・・」その夜、美知子は、広志と幸のことが気になって、なかなか眠れなかった。次の日から、広志は仕事で大阪へ行ってしまった。美知子は、それから毎晩、一人でクラブへ行き、お酒を飲んで踊った。家に帰って、美知子は鏡を見た。鏡の中には、疲れた顔の美知子がいた。ーーこれが私?ううん、私じゃない。こんな生活、楽しくないよーー広志が帰ってきたのは一週間後だ。「幸さんは、何の相談だったの?」「仕事が忙しくて疲れてたから、俺と飲みに行きたかったんだって」「広志じゃなくてもいいのに」「俺じゃなきゃ、だめなんだよ」「別れたのに、仲がいいね」「美知子には、俺と幸の関係がわからないだろうなあ」「うん、わからない」「俺も疲れた時、幸といると元気になるんだよね」「・・・」「でもな、幸は忙しくても、疲れてても、楽しそうなんだよなあ」次の日、美知子は広志の言った言葉を思い出した。ーー『幸は、忙しくても、楽しそうなんだよなあ』ーー幸は、ファッションの学校を卒業して、有名なファッションブランドで働いている。美知子は、そんな幸と自分を比べた。ーー幸さんは、仕事を楽しんでいる。私は仕事を楽しんでいるだろうか?私が心からやりたい仕事は何だろう?ーーそれから、美知子は、毎日、自分のやりたいことは何か、考えるようになった。子どもの頃、美知子は、夏休みになると、おばあちゃんの家へ遊びに行った。おばあちゃんは、畑で野菜を作っていた。トマト、キュウリ、ナス。畑の野菜はみんな、とてもおいしかった。こんなにおいしい野菜を作れるおばあちゃんはすごいなと思った。それから、美知子は、自分で野菜を作ることに興味を持った。美知子は今、家の小さなベランダで、トマトとナスを育てている。でも、もっと大きな畑で、野菜をたくさん作ってみたかった。土や風、太陽、そんな中で働いたら楽しいだろうなと思い始めた。それに大好きだった絵もずっと描いていないことに気づいた。ーー私がやりたいことは、何だろう?野菜を作ること?自然の中で働くこと?ーー美知子は広志に、これからのことを話してみることにした。「広志、私の話聞いてくれる?」「いいよ。何?」「あのね、自然の中で働くってどう思う?」「え?自然の中で?」「うん」「何をしたいの?」「畑で野菜を作りたいの」「え?そんなの疲れるだけだよ」「今の仕事だって疲れるよ」「今の会社に慣れてきたんだろ?」「うん、慣れてはきたけど・・・」「じゃ、続ければいいじゃない」「でも、今の仕事、楽しくないから」「野菜作るのは楽しいの?」「うん、きっと楽しいと思う」「そうかあ?俺はそうは思わないけど」ーー広志は、わかってくれなかった。でも、私は、やっぱり自然の中で働いてみたいーーそれからも、美知子は、広志と遊んでいても、会社にいても、いつも自分のやりたいことを考えていた。自然の中で働きたいという思いがどんどん強くなっていった。美知子と広志が付き合って、もうすぐ一年が経つ。美知子は、外出することも楽しいけれど、たまには、家でゆっくり料理を作って、休日を過ごしたかった。「明日の夜、広志の家へごはんを作りに行ってもいい?」「明日は土曜日だし、家で食べる気分じゃないな」「そう」「俺、表参道に新しくできたピザ屋に行ってみたいんだよ」「ピザ屋?」「チーズにハチミツがかかったピザがおいしいんだってさ。行ってみようぜ」「・・・わかった」広志は、いつも自分の思った通りに決めてしまう。次の日の昼頃、広志から電話がかかってきた。「美知子、ごめん。今日、会えなくなった」「え?どうしたの?」「入院している友だちのお見舞いに行くことになったんだ」「突然だね」「今日しか行ける日がなくて」「・・・わかった。じゃあ、また今度」「ごめんな」ーーいつも、私が広志に合わせてばっかり。服も髪型も広志の好みに合わせてる・・・。私、何か無理しているんじゃないかな?ーー外は晴れている。美知子は、原宿へ買い物に行くことにした。休日の原宿は、若者たちがたくさん集まり、にぎわっていた。美知子は、自然に関わる仕事を探し始めていた。本屋に入り、雑誌を読んでいると、西表島のさとうきび刈りのアルバイト募集を見つけた。ーーわあ、きれいな所!西表島だって。へえ、さとうきび畑だ。さとうきび刈り、やってみたいなーー美知子は、雑誌を買って本屋を出た。日が暮れて、お腹が空いてきた。表参道まで来ていたので、美知子は広志の行きたがっていたピザ屋へ行ってみることにした。そのピザ屋は人気があり、寒いのに、外で待っている人もいた。ーーやっぱり、また今度、広志と一緒に来ようーーそう思って帰ろうとしたら、窓際の席に広志がいるのが見えた。ーーあれ?広志?病院へお見舞いに行っているはずなのに、なんで?あれ?女の人と一緒にいる。あの人、幸さんだ!ーー美知子は、広志の家で、幸の写真を見たことがあったので、覚えている。美知子は、店から離れて、広志に電話をかけた。広志は、店の外へ出てきて、電話に出た。「もしもし?美知子、何?」「広志、今、どこにいるの?」「病院だよ」「友だちと一緒?」「一人だよ。病院だから、長く話せないんだ。また明日、俺から連絡するよ」広志は、そう言って電話を切ると、幸のいるテーブルに戻り、楽しそうに話し始めた。広志は、美知子に嘘をついていたのだ。次の日、家でコーヒーを飲みながら、雑誌を読もうとした時、広志から電話がかかってきた。「昨日はごめんな。これから会える?」「会えない。表参道のピザはおいしかった?」「え?」「昨日、ピザ屋に二人でいるのを見たよ」きのうや「誰と?」「幸さんと」「俺に似てる人だったんじゃないか?」「広志だったよ」「・・・」「今までも、私に黙って幸さんと会ってたの?」「まあ、友だちだから」「友だちだから何?」「会ってたよ」「幸さんのこと、まだ好きなの?」「自分でもわからない」「え?」「美知子のことも好きだけど、幸のことも気になる」「え?何、それ」「俺は二人とも好きなんだよ」「・・・広志、私たち、もう、別れよう」「・・・」美知子は電話を切った。美知子は、窓際から見た二人の姿を思い出した。ーー広志も幸さんもおしゃれで、テレビドラマの中の二人みたいだった。私は、幸さんみたいにはなれない・・やっぱり、広志とは別れようーー美知子は、コーヒーを飲み干すと、テーブルに置いてある雑誌を手に取った。そして、さとうきび刈りのアルバイト募集のページを開いた。ーー私は、私のやりたいことをしようーー美知子は、西表島へ行くことを決めた。



三再出発

美知子は、一月末で会社を辞めて、二月初め、西表島へ出発した。西表島は、沖縄本島の南西にある緑豊かな島だ。沖縄本島から飛行機で石垣島に行き、石垣島から高速フェリーに乗って四十分くらいで着く。美知子が西表島の港に着いたのは、お昼過ぎだった。美知子は、高速船から降りた。太陽がまぶしい。二月だけれど、汗が出てくるほどの暑さだ。歩いていると、海の匂いを乗せた風が、気持ち良く吹いてきた。どこまでも広がる海と大きな空、緑の豊かな山を見て、美知子は大きく息をした。体も心も元気いっぱいだ。ーー気持ちいいなあーー初めてなのに、美知子は、まるで自分の故郷に帰って来たような懐かしさを感じた。次の日から、さとうきび刈りの仕事が始まった。一緒に働く仲間は十人。近くの家に住んでいる一人以外、みな同じ宿に泊まっている。朝早く、トラックの荷台に乗り、さとうきび畑へ向かった。前方に、サラサラと風に吹かれているさとうきび畑が見えてきた。風が強く吹き、雲は、右から左へ、どんどん流れていった。天気が良く、海を見ると、隣の島が青くぼんやり見えた。さとうきび畑が近づいてきて、美知子は、わくわくした。さとうきび畑に着くと、走って畑の中に入った。さとうきびは、背が高い。美知子が手を伸ばしても届かない。ーーわあ、大きい!へえ、これが砂糖になるんだーーいよいよ、作業が始まった。力があって慣れている人が、畑のさとうきびを刈り取り、その刈り取ったさとうきびの葉っぱを、他の仲間たちが切り落としていく。美知子は、自然の中で働いていることがうれしかった。汗をかくことが気持ち良かった。仕事が終わると、体はくたくたに疲れた。トラックの荷台に乗って帰る時、夕焼けが仲間たちの顔を照らしていた。汗をかいたみんなの笑顔が輝いて見える。その中に、笑顔がとてもすてきな青年がいた。それが、壮介だった。壮介、二十二歳。十人の仲間の中で、近くの家に住んでいる一人というのが壮介だ。一年前から一人で西表島に住んでいる。子どもの時から、自然の中で遊ぶのが好きだった。父親と釣りに行ったり、家族でキャンプをしたりした。高校一年の時、自転車一人旅で、西表島に来た時、この島が大好きになった。ここにまた来たいと思った。その後、毎年、夏休みも春休みも、西表島で過ごした。夏はパイナップル、春はさとうきび刈りのアルバイトをするようになった。島の歌や踊りも気に入り、家の近くのおじいさんに教えてもらっている。壮介は、仲間の中で一番さとうきび刈りが早くて上手だ。どんどん、さとうきびを刈っていく。ーー壮介って、すごい!ーー美知子が壮介を見ていると、壮介が顔を上げた。壮介と美知子の目が合った。壮介も美知子も笑顔になった。壮介の笑顔は、かわいくて少年のようだった。美知子が西表島で働き始めて、一週間が経った。「痛い!」いた畑で作業中、仲間の一人がケガをした。手から血が出ている。すると、壮介が走ってきた。壮介は、持っていたタオルで、ケガ人の手を押さえた。そして、トラックに乗せ、病院に向かった。しばらくして、戻ってきた壮介は、「大丈夫。心配ない」と言って、すぐ作業を始めた。壮介は、休みの日や、仕事の後、一人でよく海や山、川に行く。西表島は、自然が豊かなので、壮介は楽しくてしかたがないのだ。美知子は、自然は好きだけれど、一人で行く勇気はない。ある日、さとうきび刈りが終わった後、美知子は壮介に話しかけた。「今日もどこか行くの?」「海だよ」「私も一緒に行っていい?」「え、いいよ」壮介は、ドキドキした。壮介は、さとうきび畑で美知子と目が合ったときから、美知子が好きになっていた。壮介は、うれしさを隠して、どんどん歩いていく。美知子が壮介の後を歩いていくと、目の前に、海が広がった。オレンジ色の太陽が輝いている。「きれい!海がキラキラ光ってる!」「うん、ほんとにきれいなんだ。それにさ、波の音を聴いていると落ち着くんだ」「いつも一人で来てるの?」「うん」「毎日、この海を見られたらいいなあ」「うん、俺もそう思って、西表島に住み始めたんだよ」「そうだったんだ。私、この海を見ながら、野菜を作りたいなあ」「西表島に住んじゃえば?」「え?」「あ、あのね、ほんとに、西表島はいいところだから」「うん、ずっといたいなあ」「うん、で、畑で野菜を作る!」「それ、私の夢!」ーー本当に美知子が西表島にずっといてくれたら、楽しいだろうなあーー壮介は、そんなことを思った自分に驚いた。美知子は、壮介の言葉に勇気づけられた。夕日は沈み、辺りは暗くなり始めていた。「そろそろ帰ろう」「うん、壮介、ここに来る時は、また誘ってね」「うん、そうするよ」帰る二人は、幸せそうだった。それから、二人は一緒に出かけることが多くなった。仲間たちは、言い合った。「壮介、変わったよね、女の子と二人で出かけるなんて」「壮介と美知子、うまくいくといいねえ」壮介は、好きな女の子には、なかなか気持ちを伝えることができないで、今まで何回か失敗している。壮介は、そんな自分を、そろそろ変えたかった。次に好きになった人には、ちゃんと好きだと言おうと、心に決めていた。美知子は、西表島に来てから、好きな絵をまた描くようになった。キラキラ光る海、魚が飛び跳ねる川、木々が生い茂る緑豊かな山、描きたい風景がたくさんある。その日、さとうきび刈りの仕事は、休みだった。美知子は、壮介に会いに行った。壮介は、庭で、三線を弾きながら歌っていた。美知子を見つけて、壮介は歌うのをやめた。「ごめん、歌ってたのに」「ううん、いいよ」「壮介、今日は、何かある?」「ないよ。どうして?」「私、滝に行ってみたいの」「一緒に行こうか?」「いいの?」「もちろん、いいよ」壮介の運転する車に美知子は乗った。車の窓を開けていると、風が入ってきて気持ち良かった。壮介は、釣り竿を持って来ていた。美知子はスケッチブックを抱えている。滝に着くと、壮介は、釣り竿にエサを付けた。「壮介、見て!あの石の下に魚がいるよ」「お、ほんとだ」壮介は釣り糸を川に投げ入れた。すると、五分も経たないうちに、大きな魚が釣れた。「壮介、すごいね!」釣りあげられた魚が、岩の上で、元気に飛び跳ねた。壮介は、魚をつかみ、網に入れた。一時間の間に、三匹釣れた。壮介が魚を釣っている間、美知子はスケッチした。壮介は、川の水で顔を洗った。美知子も真似をした。川の水は、冷たくて気持ち良かった。壮介は、川原でお湯を沸かし始めた。コーヒーをいれるためだ。壮介は、コーヒーの入ったカップを美知子に渡した。「ありがとう」美知子は熱いコーヒーを一口飲んだ。「おいしい!」川が、太陽の光を受けて、キラキラと光っていた。それから、二人は壮介の家に行って、釣った魚を料理した。壮介は塩焼き、美知子はスープと煮物を作った。「このスープと煮物、うまい!」「そう?良かった。うれしい!」「俺、魚は、いつも刺身か焼くだけだったよ」「でも、私、ほんとは焼き魚が一番好き」ビールと泡盛を飲みながら、二人はゆっくりと食事を楽しんだ。壮介は、食べ終わると、また三線を手に取って静かに歌い始めた。島に伝わる恋の歌だ。ーー美知子、俺の気持ちわかってくれるかなあーー美知子は、その歌を聴いて胸がキュンとして、泣きそうになった。ーー私、壮介が好きになっちゃったみたいーー美知子は、もっとここにいたいと思ったけど、立ち上がって言った。「壮介、今日は、ありがとう」「こちらこそ」「もう、帰らなくちゃ」壮介は、美知子を宿まで送っていった。宿まで歩く二人を、夜風がやさしく吹きぬけていった。



四流れ星

それから一週間経った。その日は、数年に一度、流れ星がたくさん見られる夜だった。ーー流れ星を見ながらだったら、きっと好きだって言えるーー壮介は、思い切って美知子を誘った。「ねえ、美知子、流れ星を見に行かない?」「流れ星!行く行く!」初めての壮介からの誘いだった。美知子は、踊り出しそうなぐらい、うれしかった。壮介と美知子は、車で展望台のある山へ向かった。車を降り、寝袋を持って展望台まで歩いた。寝袋に寝転がって夜空を眺めていると、ふいに星がたくさん流れ出した。夜空に輝く星が、光る線を作っては消えていく。「うわあ、星がどんどん降ってくる」「すごいな」「夢の中にいるみたいだね」それから、二人は、しばらく無言で夜空を眺めていた。ーー壮介のいるこの島にずっといられますようにーーーー美知子がずっとこの島にいますようにーー空を見上げる壮介の横顔を見て、美知子は、涙が流れた。ーーやっぱり、私、壮介に恋してるーー寝転がっている二人の手が触れそうになった時、壮介が口を開いた。「・・・あのう、美知子、聞いていい?」「え?うん、いいよ」「ええとね、美知子は、付き合ってる人いるの?」「え?ううん、いないよ」「ほんと?でも、好きな人は?」「え、好きな人?ええと、それは・・・」美知子がそう言った時、美知子の携帯電話が鳴った。さとうきび刈りの仲間からだった。「ごめんね。電話、出るね」************「もしもし、美知子だけど」「美知子、友だちが来てるよ」「え?友だち?」「男の人だよ」「男の人?誰だろう・・」「名前、教えてくれないんだよ」「わかった。あと二十分くらいで戻るから」「うん、じゃ、そう伝えるね」「うん、ありがとう」美知子は電話を切った。ーー誰だろう?男の人?友だち?この島に?・・・あ!広志?まさか!ーー************「壮介、ごめんね」「どうしたの?」「誰か、私に会いに来てるんだって」「友だち?」「名前、言ってくれないんだって。だからわからないけど」「そうか。じゃあ、宿まで送るよ」「ありがとう。・・・私、もう少しここにいたかったな」「また、一緒に来よう」「うん」壮介も美知子も、言い残した言葉があった。二人は、もう一度、夜空を見上げた。急いで戻ると、宿の前に、タクシーが一台停まっていた。美知子は、車を降りて、走り去る壮介の車に大きく手を振った。美知子が玄関のドアを開けると、そこには広志がいた。ソファに足を投げ出して座っている。「広志・・・なんで?」「迎えに来たんだよ」「迎えに?」「もう、東京に帰りたいだろう?」「私、東京には帰らないよ」「俺、美知子がいなくて寂しいんだ」「私は、広志がいなくても寂しくなんてないよ」「幸のこと、気にしているんだろ?」「幸さんのことなんて、気にしてないよ。そんなこと、どうでもいいの」「じゃ、なんで?」「私は、広志のこと、もう好きじゃないから」「俺は、まだ美知子が好きだ」「私は、この島が好きなの」「こんなところで、何がおもしろいんだよ」「もう帰って!」「美知子、一緒に東京へ帰ろうぜ」「帰らない」「無理するなって」「無理してないよ」「本当は、もう帰りたいんだろ?」「だから、帰りたくないって、さっきから言ってるでしょ」「だから、なんでだよ?」「広志、もう帰ってよ!」「一緒に東京に帰ろうよ」そう言って、広志は、美知子に航空券を渡そうと、美知子の手を引っ張った。そのとき、玄関のドアが開いて、美知子の寝袋を持った壮介が入ってきた。「美知子、忘れ物」広志は、美知子の手を引っ張ったまま、壮介を見た。壮介は、美知子の寝袋を床に置いて、何も言わず出ていった。「壮介、待って!」美知子が広志の手を振りほどいて宿の外へ出ると、壮介の車は走り去っていた。広志は、美知子の後を追って外に出た。そして、美知子の手に無理やり航空券を握らせて言った。「俺は、こんな汚い所に泊まるのは嫌だぜ。港の近くのリゾートホテルに泊まるよ。美知子も一緒に来れば?」「汚くなんてないよ!私はここが好きなの!」「そうかよ。じゃ、俺はホテルに行くよ。明日の朝、港で待っている、来いよ。なあ、一緒に帰ろうぜ。じゃあな」広志を乗せたタクシーは去っていった。美知子は一人、星の輝く空を見上げて大きく息を吐いた。次の日の朝早く、壮介は、美知子に会いに宿に行った。けれど、美知子は港へ行った後だった。ーー俺、また、だめだったのか。美知子、俺、美知子が大好きなのにーー気づくと壮介は、走り出していた。港に向かって走り出した。走って、走って、走った。ようやく港が見えてきた。ーーあともう少しだーー港に船が停まっている。ーーあの船だーーその時、船が港を出発した。ーー間に合わなかったかーー港に到着した壮介は、息を切らしながら、遠ざかる船を見て叫んだ。「美知子!みーちーこーーー」壮介の目から、涙があふれた。「壮介!」振り返ると、美知子が立っていた。「美知子!」壮介は、両手で涙をふくと、少年のような笑顔になった。そして、今度はまじめな顔になって言った。「美知子、俺、俺、俺は、美知子が好きだ!」美知子の目からも涙があふれた。「壮介、私も壮介が大好き!」壮介は、美知子を抱きしめた。「俺、美知子が帰っちゃったのかと思ったんだ」「帰らないよ、壮介がいるのに」美知子はそう言って笑った。壮介も笑った。二人は港に背を向けて、歩き始めた。壮介は、美知子の手をしっかり握った。美知子もその手を握り返した。



五二人の夢

一週間後の夕方、壮介と美知子は、初めて二人で過ごした浜辺へ行った。浜辺で、壮介は、三線を弾きながら、またあの恋の歌を歌った。「私、その歌大好き」「そう?好き?うれしいよ。俺も大好きなんだ」歌い終わると、壮介はお湯を沸かしてコーヒーをいれた。二人はコーヒーを飲みながら話した。「あのさあ、俺、実は、この島でカフェを開きたいんだ」「どんなカフェ?」「景色が良くて」「うん」「コーヒーがおいしくて」「壮介のコーヒーなら大丈夫だね」「一人でゆっくり本が読めるようなカフェ」「いいね」「あと、天井に大きな扇風機を付けたい」「お!すてき」「コーヒーの他には?」「ビール」「食べ物は?」「まだ決めてない」「じゃあ、カレーはどう?」「いいね、カレー」壮介のお腹がグーと鳴った。「カレーって聞いたら、カレーが食べたくなってきた」「これから、作ろうか?」「うん」「じゃあ、買い物に行こう!」二人は、カレーの材料を買って、壮介の家に行った。そして、美知子がカレーを作った。カレーには、ゴーヤ、ナス、キノコ、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンを入れた。「おいしいね!」「カフェのメニュー決まりだね」「うん」二人でカレーを、あっという間に食べてしまった。「私も壮介のカフェを手伝いたいな」「うん、美知子に手伝ってもらえるとうれしい」「今から、景色のいいところを探しに行こうか?」「うん、行こう、行こう」二人は、歩き始めた。空には、きれいな星が輝いている。すると、一つ、大きな星が流れた。「あ、流れ星!」「あ、流れ星!」二人は、顔を見合わせた。「ねえ、壮介、この前、流れ星見た時、何かお願いした?」「え?うん、あのね、美知子がずっとこの島にいますようにってお願いした。美知子は?」「壮介のいるこの島にずっといられますようにって」星空の下、二人は初めてのキスをした。*一年後、二人は結婚して、西表島に小さなカフェを開いた。壁には、美知子が描いた絵が掛かっている。カフェの窓から見える海は、様々な色に変化する。朝の海。昼の海。夕方の海。夜の海。どの海も美しくて、美知子は気に入っている。カフェの隣の畑には、美知子の作った野菜が豊かに実っている。美知子は、毎日、海を見ながら、野菜のたくさん入ったカレーを作っている。コーヒーをいれるのは、壮介だ。景色が良くて、おいしいコーヒーとカレーを出すカフェは、旅人にも島の人にも人気だ。十一時、カフェを開ける時間だ。早速、ドアが開いて、お客が入ってきた。「いらっしゃいませ」「コーヒー、一つ」「かしこまりました」美知子と壮介の一日が、今日も西表島で始まった。
     
 
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