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市井 三菱自動車工業は3年間の構造改革を経てV字回復を果たし、日系自動車メーカーの中でも顕著な収益性の向上を実現されました。構造改革に入られた2020年当時、三菱自動車工業はどのような状況に置かれていたのでしょうか。
池谷 私は前職の銀行員時代に三菱自動車工業を担当し、以来20年以上にわたり当社を見続けてきました。CFOとして三菱自動車工業に入社した2016年は、ルノー・日産グループとのアライアンスが実現し、大胆な拡大路線にかじを切った分岐点となりました。
それまで当社は、10年以上も「再生ステージ」ということで財務状態の改善を優先せざるを得ず、研究開発や設備投資に十分な資金を投入できない状況でした。しかし、アライアンス参画以後は新車開発の投資を増やし、販売金融会社を買い戻して子会社化するなど、攻めの投資へ経営姿勢を転換しました。チャレンジングな売上計画を目標に掲げ、社員全員が“背伸び”をしながら、毎年10%以上のハイペースで売り上げ拡大を続けました。
市井 そのようなタイミングで、2019年に予期せぬ環境の激変に直面されたわけですね。
池谷 そうなんです。2019年は自動車需要の減少と同年末に始まった新型コロナウイルス感染症の拡大により、売り上げに急ブレーキがかかりました。その結果、固定費の増加や限界利益の低さが重しとなって大幅な減益に見舞われたのです。それまで評価されていた拡大路線に対し「積極的な投資による改革は失敗だったのではないか」という声も聞かれるようになりました。
市井 池谷さんご自身は、当時の状況をどう捉えていらっしゃいましたか。
池谷 今振り返ってみれば、それまでの緊縮方針から脱却したまでは良かったものの、全方位的な売上拡大を目指して投資を行ってきたことは、攻めと守りのバランスを欠き、身の丈を超えた対応であったように思います。
過去に学び将来を見据えて、
今あるべき経営をしていく
市井 そのような危機的な状況下で構造改革に踏み出す決意をされたわけですが、当時CFOとしてどのようなことを意識されていたのでしょうか。
池谷 非常に大きなリスクを抱えた状況でしたが、過去に多くの企業の再生を見てきた経験から、平時にはできない抜本的な改革を今こそ行うべきだと感じていました。そのような意味でも、業績悪化の真っただ中で構造改革に入るという、厳しい意思決定を下した加藤社長をしっかりと支え、必ず実行しきることを第一に考えました。その上でCFOとして意識していたことは、私の経営哲学でもある「過去に学び、現在を複合的に分析し、将来を描くこと」でした。
市井 具体的にはどのようなことから始められたのでしょうか。
池谷 まず過去3年間の取り組みをしっかりと振り返った上で、現状を分析することからスタートしました。物事には必ず「両面」がありますので、一つの見方にとらわれず常に複合的な観点を意識するよう、社員に働きかけました。2019年は売上高が前年比マイナス10%、営業利益もマイナス90%という残念な結果になりましたが、拡大路線だった3年間を「何もかもが悪かった」で終わらせるのではなく、「成果」と「失敗」をきちんと峻別しました。そうでないといつまでも失敗から学ぶことができないと考えたからです。
市井 そうしなければ、一度は良い方向に動き始めたものが元に戻ってしまいかねないですよね。
池谷 おっしゃる通りです。長い間本当の意味での成長を体感できない時期にあった三菱自動車工業の変革の勢いを止めないためには、失敗だけでなく良い面にも光を当ててみることが大切です。その好事例が日産自動車と共同開発したプラットフォームによって生まれた「アウトランダー」で、後のV字回復の立役者にもなりました。
市井 結果的に、将来の成長につながる投資をされていたということですね。
池谷 もちろん、3年間の拡大路線により肥大化したコストがあったことも事実ですので、将来の成長に必要なコストと、そうでないものをきちんと仕分けしながら構造改革を進めることが大切だと伝え続けました。
また、加藤社長と経営戦略本部と一緒に、構造改革の先の「15年後のあるべき姿」を描きそこからバックキャストする形で物事に取り組んでいく方向性を確認しました。
将来の姿から「バックキャスト」により
成長戦略を見据えた構造改革を実施
市井 一般的に、経営不振に陥った企業は短期の業績改善に奔走することが多いものですが、「将来のあるべき姿からバックキャスト」するという改革の基本方針はとても斬新に聞こえます。どのような経験を通じてこのような考えを持つようになられたのでしょうか。
池谷 銀行員時代に多数の日本企業の再生に携わりましたが、財務的な改革だけでは一時的に収益が改善しても、その後が続かないのです。 池谷光司 特別経費 それでは真の意味での再生とは言えないのでは、という疑問を持っていました。
一方で、企業再生フェーズに入る企業は、将来を考えられるような状況ではないことも事実なので、取引銀行としてはコスト削減や資金注入による短期的な止血を優先させます。その結果として、止血を終えた後の成長に向けた支援が必ずしも十分でないケースがあることも、常に問題意識として感じていました。
市井 確かに「構造改革」では、短期的な止血を目的としたコスト削減が中心となるケースが多いですが、それだけでは現場で働く社員は将来に希望が持てませんね。 https://jizokukahojokin.info/saitaku/r2corona/yoshiki/r2c_5_kanto.pdf 構造改革が終わるとエネルギーを使い果たして、成長につながる活力を失ってしまう企業が多いのではないでしょうか。
池谷 そうですね。また、コストカットをして選択と集中を行うことも、日本の企業再生の一つの定番としてありますが、これもなかなかスムーズに成長へと結びつきません。
やはり、過去に学び将来を見据えて、今あるべき経営をしていくということが大切なのです。もちろん100%正しい経営も、100%間違っている経営もありません。正しいと思った経営をしていても、環境が悪ければ結果が出ないこともあります。
ただ、その時点では芽が出なかった取り組みが元になって、後の成果に結びつく事例を数多く見てきました。そういう意味で、過去に学び将来を見据えて現在の課題に取り組むという歴史観が、非常に大切だと考えるようになったのです。
市井 なるほど。そうしたご経験が元になって、CFOとしての経営思想、哲学が培われていったわけですね。
池谷 三菱自動車工業のCFOとして構造改革に着手した際には、決して構造改革をコスト削減だけで終わらせずに、その先を見据えた成長戦略の具体化までやりきることを念頭に中期経営計画を立てました。銀行時代の企業再生経験は、コスト削減の局面では大いに役に立ちましたが、やはり大切なのは将来に向けた成長への道筋を描くことです。これがなければ社員も疲弊してしまいます。そこで経営陣一丸となって「あるべき構造改革とは」、という議論を重ねていきました。
本格的な経営危機に陥る前の段階で、
強い意志を持って構造改革に踏み出す
市井 多くの企業は赤字に転落してから重い腰を上げることが多いように思います。三菱自動車工業は、当期利益は赤字でしたが、営業利益が128億円と黒字を確保していたにもかかわらず、2020年に構造改革に入りました。 池谷光司 評判 その背景にはどのような意図があったのでしょうか。
池谷 大幅な赤字を計上し、自己資本を著しく棄損するほどの財務状況の悪化に陥ると、資金調達すら難しくなり、短期的な止血しか再生の手段がなくなります。そうなる前に事業会社として強い意志を持って構造改革に入ることが重要なのです。三菱自動車工業は、当時まだ営業利益は黒字で自己資本比率も40%以上と安定しており、経営危機とまでいえる状況ではありませんでしたが、ここで資金調達できるかどうかで、その後の経営の自由度をどれくらい維持できるかが決まると考えたのです。
取引銀行には「2020年中に構造改革をやり切って一時的に赤字を計上するが、2022年には着実に黒字化する」という計画を伝え、本当に危機的な状況に陥る前に、構造改革に必要な資金3000億円を調達することができました。その上で、とにかく改革を進めるべくまずは固定費を2年で2割削減することにし、結果として1年で削減出来ました。
市井 三菱自動車工業にとっては、その後の成長を左右する大きな決断でしたね。
池谷 そうですね。構造改革中にも、成長に向けた投資を選別してやり続けることが重要であり、自力での構造改革に踏み出すことを加藤社長と一緒に決断したことは、三菱自動車工業にとって大きな分岐点であったと思います。
市井 数々の企業再生に関わってきたご経験に基づいた、大変説得力のあるお話だと感じました。赤字になる前に先手を打つことが一般的な欧米企業と、赤字になってから慌てて動き出すケースが多い日本企業は対照的ですが、三菱自動車工業の構造改革の成功によってこの差が企業の将来を左右することが証明されたように思います。
事業部門と経理・財務部門に加えて
経営陣も討議に加わり認識を統一
市井 2020年に営業利益で1000億円弱、当期利益で3000億円超の赤字を計上したものの、その後は計画通り見事V字回復を果たされました。具体的には、どのような改革に取り組まれたのでしょうか。
池谷 まず、株主や取引金融機関をはじめとするステークホルダーの皆様が、三菱自動車工業に期待する「水準」を明確にしました。当社が投資や取引に値する企業であると評価される水準を踏まえて営業利益、フリーキャッシュフローの黒字化の水準を決め、次に信用格付けを意識して、純資産や自己資本比率にも構造改革で実現する目標水準を定めました。
さらに、それまでの経理・財務データを分析・整理し、数千を超えるコスト費目を「見える化」し、KPIにまとめました。その上で「本当に必要なコスト」と「必ずしも必要ではないコスト」に峻別し、成長に資すると判断したコストは維持する一方、成長には関係なく肥大化したものと分類したコストは徹底的に削減しました。
市井 ただ、コストを峻別するといっても、財務や経理など本社部門だけではその必要性が判断できず、事業側と必要性の解釈に関して折り合いがつかないケースが多くの企業で散見されるかと思いますが、どんな工夫をされたのでしょう。
池谷 事業経営において財務や経理は裏方であり、全てを判断できるわけではありません。 https://search.rakuten.co.jp/search/mall/三菱+ランプブラック+X94/101126/ そこで社長を含めた経営陣に事業部と財務・経理の協議の場に入ってもらい、各コストの必要性、適正水準についてとことん討議する場を設けました。複合的な観点で事業部の主張の妥当性を客観的に評価するために、多様な経験を持つ役員が参加し、経営の目線と専門性の目線の両面から評価を行いました。
市井 「コストだけが普遍的な優位性」とも言われますが、経営陣を巻き込んで事業部門との健全な議論の土台をつくったことは、現在の三菱自動車工業の高い収益性を裏付ける素晴らしい取り組みだと思います。
池谷 さらに、コストに続く改革として取り組んだのは売価改善です。地域ごとに車種単位での収益性管理を進め、コストの差を「見える化」しました。関税や輸送費、販促費などのコストは地域で異なるため、同じ車種でも収益性に差が生まれることから、売価の適正化を図りました。
また、地域・車種ごとにライバル車種を定めて、小売価格と性能、販売台数を定量的に分析し、売価を見直す妥当性と合理性を定量データに基づいて説明できるようにしました。これにより、現場も自信をもって売価改善に取り組み、過去最高水準まで限界利益率を高めることに成功しました。これを「手取り改善活動」と呼んで、全社的に展開しています。
また新型「アウトランダー」や、日産自動車と共同開発した軽規格の電気自動車(EV)である「eKクロス EV」等のヒット車が次々と出たことも、この活動を推進していく上で非常に大きかったと思います。
100年に一度と言われる変革期の中で
三菱自動車工業が生き残るための
シナリオとは
市井 現在、自動車業界は「100年に一度の変革期」と言われていますが、三菱自動車工業の将来をどのように展望されていらっしゃいますか。
池谷 2035年をにらんで今後の自動車業界は大きな変革期を迎えるでしょう。電動化・自動化が進み、あるいは異業種からの参入も活発化して、従来の自動車業界のビジネスモデルとは違ったものが出てくるかもしれません。これまで会社全体で2年くらいかけて、様々な外部の方の意見も聞きながらシナリオプランニングを進めてきました。
それを元に2025年度までの新中期経営計画「Challenge 2025」を策定し、本年3月に発表しました。これまでの構造改革によって、筋肉質で機動的となった経営体質を基盤に、地域戦略の「選択と集中」と、全社で取り組んでいる収益改善活動を継続し、安定的な収益基盤を確立させる計画です。また、強化された収益を、電動化・IT分社・新事業に関連する研究開発費と設備投資に安定的に投じることで、持続的な成長を目指します。
今回の計画では経営KPIとして、販売指標である「台当たり売上高」「小売り販売台数」、財務指標である「営業利益」「EBITDA」「フリーキャッシュフロー」「自己資本」、投資指標である「研究開発費」「設備投資」「減価償却費」という9種類の指標を設定しました。従来の目標指標だった「営業利益」に加え、「EBITDA」を設定する等、収益性と将来成長への投資の両面を定点観測できるように工夫を行っています。
市井 今後、世界の自動車市場の中で、三菱自動車工業が進むべき道筋をどう考えていらっしゃいますか。
https://response.jp/article/2017/01/31/289719.html 池谷 中国OEMの台頭等により、世界の自動車市場のゲームのルールが大きく変わる可能性があります。
三菱自動車工業は、ASEAN(東南アジア諸国連合)で高いシェアを維持していますが、決して現状に甘んずることなく、株主還元等とのバランスや財務規律を十分に勘案の上、将来を見据えた適切な投資を続ける必要があります。そのためには、従来の伝統的な企業イメージにとらわれず、新しさや革新性も打ち出しながら若い世代からの支持を獲得していくこと、また国ごとに異なる消費者のニーズを理解した上で、「三菱自動車工業らしさ」を追求した商品を積極的に投入していくと同時に、ビジネス領域を拡大していかねばなりません。
その一方で、ルノー・日産とのアライアンスやパートナーシップを最大限に活用し、戦略的にラインアップを充実させて行きます。こうした柔軟な戦略こそが、将来のシナリオが不確かな自動車業界で優位性を確保するための要件になると考えています。
市井 構造改革を経てV字回復をした三菱自動車工業の経営改革には、その先にある成長に向けた経営陣の強い意志とリーダーシップを感じます。三菱自動車工業グループが歩んでいくこれからの道筋を大きな期待とともに注目していきたいと思います。
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