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カリカリカリカリカリカリ……カッ
 ひたすらに動かしていた手を止める。窓から暖かい日差しが注がれ、涼しい風が流れ、部屋の気温をちょうど良いものにしている。先日現れた、虹蠍の調査書がようやくまとめ終わった。大きく息を吐き、ガラスのコップに入れたコーヒーを小さくなった氷と一緒に飲み干す。椅子に体を預け、書いた調査書を最初から読み返す。
 虹蠍の王国と化した森の一角は元の平穏を取り戻し、虹蠍の多くは夏と共に消え去った。
 これまでも定期的に大規模な虹蠍討伐を行っているが、全滅する気配は全く見えない。
 虹蠍の尾針にはかなり強力な毒が含まれており、普通の人間ならば微量でも体内に入ると侵入された箇所に激痛が走り、胸部や首だと数分で死に至る。そうでなくても、痛みのあまり自殺する者が多い。建姫のように特殊な加護をもつ者でも、3回は耐えられない。
 高価な物や輝く物を集める習性があり、年に数回、村や街が襲撃される。昔は恐怖と死の象徴として語り継がれていたが、毒への対抗策が出来てからはそれは覆り、今では富の象徴となり、集団で現れると富豪や商人達が血眼になって魔塔建築士を雇い、報酬を山分けする。本来なら魔塔建築士ーー通称オヤカターーは王国に仕える身なので、彼らのような人間と手を組むことは問題なのだが、虹蠍がもたらす経済効果は凄まじく、大規模な祭が開かれるほどなので、王国は見て見ぬふりをしている。
 だが今回の大討伐の際、十字に刃が付いた強靱な尾を持ち、煌びやか虹色の甲殻ではなく、強固な白金の甲殻を持ち、数倍の大きさをした特異固体が現れたのだ。いつまでも見て見ぬふりをしてもらっては困る。この報告書を目の前に突きつけ、新たな対抗策を講じてもらわなければ。
 さて、今回の収支をまとめる前に何か食べよう。大きく伸びをしながら立ち上がる。圧迫されていた血管が広がり、全身へ血液がジャンジャンと送られる。
 食堂へと繋がる廊下を考え事をしながらゆっくりと歩く。食材は何があっただろうか。もしあれがあったら何を作ろうか。食欲がどんどん膨らんでいく。そうしていると、廊下の端に積まれた木箱に気づかず、ぶつかってしまった。一番上に置かれた箱が落ち、中身が散らばった。
 考え事をしながら歩いていた自分も悪いが、こんな所に荷物を運んだのは一体どこの誰だろうか。そのまま蹴飛ばしたいという欲求を抑え、代わりに大きく息を吐いてから片付けを始める。中には、主に宝具の品質向上に使われる黄金の指輪ばかり入っていた。それらを見た瞬間、先週王国から送られてきた報酬でついに限界を迎えた箱を倉庫に運ぶ途中、建姫の一人に呼ばれそのままここに置いたのを思い出した。つまり、犯人は自分だった。先程よりも大きく息を吐く。食堂に向かう前に運ばなければ。散らばった宝具を集めていると、輝くそれらに混じって動くものに気づいた。
 確かめるために目を凝らし、腕を伸ばした時、何なのか理解した。いや、正確に言えば完全に理解することは出来なかった。「それ」の姿を捉えた瞬間、必死に抑えていた苛立ちもパンパンに膨らんでいた食欲も全て消え失せた。口を開け、腕を伸ばしたままの滑稽な姿で、しばらくの間石のように固まっていた。「それ」は通常の半分ほどの大きさをした虹蠍だった。
 正常に機能し始めた脳で、なんとか状況を分析する。
 まず、ミニ虹蠍はこっちに気がついていない。伸ばした腕を静かに、そして素早く引き、残っている箱の影に隠れる。次に、奴は一匹だけだ。箱の中に居たということは、元あった巣に持ち帰るのは諦め、そこを巣にしようとしたのだろう。箱はひっくり返り、中身を全て廊下に投げ出していたが奴以外に動くものは見当たらない。奴は今、自分の巣を滅茶苦茶にした犯人を捜すため、怒りを露わにしながら辺りを見渡していた。いくら小さいと言っても、奴にはちゃんとした尾針があった。毒も持っているはずだ、近寄るのは危険だろう。
 慎重に箱の蓋をずらし、中から宝具を数個掴み、自分が居る場所とは反対側にそれらを投げる。奴は床を滑るような速度でそちらを振り向く。気が逸れたことを確認すると同時に、箱の影から飛び出す。足音を立てないよう重心を落とし、屈んだ姿勢のまま走る。
 飛び込むように部屋に入り、叩きつけるようにドアを閉じる。ドアはあの箱に比べればずっと丈夫だ。たとえ自分に気づき、襲撃しようとしてもすぐには破壊出来ないだろう。
 椅子には座らず壁に背を預け、腰を落とす。ゆっくりと深呼吸し、呼吸を整える。そしてこれからどう行動するか思索する。今、建姫達は街へ買い物に行っている。この魔塔に所属する建姫はかなり少なく、今は自分一人だけだ。このまま放っておけば彼女達にも危険が及ぶ。普段、自分に代わりモンスターの討伐してくれている彼女達には、ここは安心できる場所であって欲しい。良くも悪くも女性は何をするにも時間がかかるーーいや時間を「かける」と言った方がいいだろうーーから、夕方まで帰らない。それまでに奴を倒さなければ。静かにそう決意し、行動を開始する。
 慎重にドアを開け、廊下の様子を確認する。運が良いことに奴はこっちには来ていなかった。どこまでも慎重に辺りを警戒しながら資料室へ向かう。今の自分の様子はどう見ても忍び込んだ泥棒だ。資料室の前に着いたとき、ある考えが脳内を過ぎった。
 「自分が奴の姿を捉えてないだけで、奴は自分のことを殺そうと、どこかでじっと見つめているのではないか。」
 奴の体は小さい。いくらでも隠れる場所はある。そうしなくても、薄暗い部分を移動していけば十分身は隠せるだろう。こうしている内に、奴は自分の足下にいるかもしれない。不意に訪れる死への恐怖で体が震える。どっちにしろ早く資料室に入るべきだ。どこか自棄になっている頭でそう判断する。きっと奴とはもう一度会うことになるだろう。だがそれは今ではない。
 資料室は紙とインク、そして埃の匂いで満たされている。それらを深く吸い、そして吐くといくらか心が落ち着いた。奴はまだ自分を敵とは認識していないだろうし、あの虹色の体ではどうやっても目立つはずだ。先程まで頭の中を大きく占めていた恐怖をそう反論する。心を巣くい始めていた恐怖がゆっくりと引くのを感じる。早速、目的を果たさなければ。ここに来たのは一冊の日記のためだった。
 それがどこにあるか検討も付かなかったが、意外にもすぐ見つかった。普段、ここの整理をしてくれているシザーリフトに感謝する。日記の表紙は青く、題名は付けられていない。これは前に知り合いのオヤカタが持っていた日記の写しだ。虹蠍の研究者が書いた物で、彼曰く市で偶然見つけたそうだ。日記と言っても、研究結果のメモにも使われていたらしく、情報量で言えば虹蠍の専門書といっても過言ではない。紙を捲る音だけが資料室に響く。
 まず、虹蠍は自分に「向かって」「動く」物に対して攻撃し、それ以外の同じ向きに動くものや背中を向けているものには攻撃しない。
 次に、虹蠍は「鶏冠」「昴日」と呼ばれる物質を忌避し、近づこうとはしない。
 そして、突然変異で生まれた新種の蠍は、その例外にあるということだ。虹蠍は一週間から十日で成体になるという。だが一匹で行動している所から、迷い込んできた幼体とは考えにくい。奴は間違いなく突然変異したものだろう。
 「鶏冠」「昴日」は宝具に加工した物なら、錬成所に隣接して建てられた倉庫にある。だが奴は新種だ。普通の虹蠍と同じ甲殻と毒を持っているのか?そもそも、宝具というのは装備した者の体に存在する魔力を使うことで効果が発動する。大量の魔力を有する建姫ならばほぼ100%の効果を発動できるが、人間の自分だとそうはいかない。毒を無効出来るほどの効果を発動させられるのか?そもそも自分はどうやって奴を倒すつもりなんだ?頭を横に振り、一旦考えを打ち消す。結局のところ、やれることをやるしかない。どこか自棄になっている頭でそう考える。次に向かう場所は決まった。錬成所だ。
 安全な場所から死が潜む場所に踏み込むのは二回目だ。それが慣れることというのは決してない。今も、ドアノブを掴もうとする手が震えている。一度、腕をだらりと垂らし、全身の力を抜く。手汗をズボンでぬぐい、深呼吸する。魔塔建築士といえど、普通の人間と大して変わらない。そんな自分に出来ることはあまりにも限られている。現に、自棄になって入った資料室を、またも自棄になって出ようとしている。だが何としても自分達の「家」を取り戻したかった。その思いだけが、恐怖で発狂しそうなるのを留めてくれている。今度こそしっかりとドアノブを掴み、捻った。
 廊下は自分の心とは裏腹に静寂に包まれていた。その時、かつて凄腕の猟師に学んだ気配の消し方を思い出した。まず、自分の輪郭をイメージする。次に、それが空気中に溶け込み、消えていくのをイメージする。こうするだけで呼吸は最低限のものとなり、動きは自然と静かに、それでいて滑らかなものになる。自らの気配を空間と同様のものにするため、空間内で動くものがいれば、すぐに察知することが出来る。踵から床に付け、足音をを立てないように歩く。錬成所まではそう遠くない。この状態を維持したまま行けるだろう。奴が隠れることが出来そうな場所からは、出来る限り距離を取って移動した。
 錬成所の扉がようやく見えてきた。扉の全体を認識した時、最悪な事態が起こっていることに気づいた。扉の下部には、何かで突き刺した痕がいくつかあり、それらの中央には小さなものならくぐれそうな程の穴が開いていた。
 考えもしなかった。虹蠍には高価な物や輝く物を集める習性がある。それらが大量に保管されている錬成所に行くのは自然なことだった。
 自分の迂闊さを恨んだ。「鶏冠」「昴日」宝具なしで奴を倒せるだろうか。あの大きさだ、重い物で叩き潰せばやれるだろう。そうだ。倉庫にある箱詰めされた缶コーヒーの山の下敷きにすればーーー駄目だ。倉庫までどうやって誘き寄せろと言うんだ。
 単純に剣や斧を使って倒す手もあるが、かなりの速さで移動する奴を仕留められる程の技量を自分は持ち合わせていなかった。
 そして最終的に、自分はこれまでのように自棄になることに決めた。
 建姫達が戦う所しか見ていないが、虹蠍の攻撃というのは美しい程直線的だ。だから、基本正面に立たなければ当たることはない。自分でも十分避けられるはずだ。
 そんな根拠のない自信だけを持って錬成所に飛び込む。せめて奴が後ろを向いていることだけを願う。
 だがそんな願いは非情に打ち破られた。奴の無機質な目と合った瞬間、蛇に睨まれた蛙のように動きを止める。動きを止めるのが遅かったようだ。奴は自分のことを完全に敵だと判断し、威嚇なのか、両鋏を打ち鳴らす。
 奴にばれないように行動することは放棄し、今まで必死に抑えていた声を開放する。
 「テモットッ!鶏冠か昴日宝具をよこせッ!早くッ!」
 錬成炉に体を隠しているテモットに向かって叫ぶ。普段はテモット『さん』と呼び、落ち着いて話しているからか、少し遅れてから行動を開始した。
 視線を戻すと先程の場所に奴は居なかった。慌てて辺りを見渡すと、既に足下まで来ていた。弾かれたように右に飛ぶ。奴の針は空を切る。舌打ちするようにまた両鋏を打ち鳴らした。これを三回繰り返したとき、錬成所の奥から出てきたテモットさんが、昴日Ex3宝具を掲げながら声を上げた。
 「テモーーー!!」
 テモットさんは体を思い切り前に反らし、反動を利用してこちらに向かって投げる。奴から逃げながら、かっ攫うようにそれをキャッチする。自分が求めていた喜びから、手の中にある昴日宝具をまじまじと見てしまった。そんな隙を奴は見逃さなかった。今まで以上の速さで繰り出される刺突を、右足を軸にして体を回転させることで回避する。だが奴は外した後も動きを止めず、そのまま前に踏み込み、もう一度刺突を繰り出した。軸にしていた右足は動かすことは出来ず、肉に針が食い込む。左足で奴を踏み押さえ、右足を後ろに下げる。針には返しが付いていたらしく、傷口をずたずたにしながら針は抜けた。
 「ぐああああああああああああああああああ!!」
 足がすり潰されているような痛みが右足を襲った。立ち続けることが出来なくなり、後ろに倒れ込む。錬成炉に背中をぶつけ、一瞬息が止まった。昴日宝具を握りしめると少しだけ痛みが和らいだ。奴は苦しむ獲物を囃すように両鋏を打ち鳴らした。
 奴はまだ死なないことを不思議に思ったのか打ち鳴らすのを止め、悶え苦しむ獲物にとどめを刺そうと構えた。
 ああ、ここまでか。魔塔建築士の目的も達成出来ずにここで死ぬのか。
 昴日宝具を手放し、このままおとなしく殺されようとしたとき、自分の背中に何があるのか思い出した。
 繰り出された針を昴日宝具を当てて防ぐ。針を弾かれ、昴日に直接当てたせいか苦しそうに呻いた。そこを逃さず、左手で奴の体を握りつぶす勢いで掴む。奴の体が小さくて良かった。右手と左足で体を支え立ち上がる。逃げだそうと必死に暴れる。針はもう使い物にならないらしい。怒りを込めて、奴を錬成炉に叩き入れる。奴の魔力に反応して錬成炉が稼働する。内部で暴れる音が止んだと思うと、辺りが青い光に包まれた。
 錬成炉から宝具が一つ吐き出された。後はただ荒い息づかいが響くだけだった。
 終わった。
 そう思った瞬間、右足の激痛と今までの疲れがどっと押し寄せてきた。前のめりに倒れ、そのまま意識は暗闇へと落ちていく。遠くから上機嫌な声が聞こえた、気がした。


 数日後、自分は王国の城にいた。右足はまだうまく動かせず、杖は手放せなかった。奴を錬成炉に入れ、宝具にすることで倒した自分は、その後気を失った。ちょうど帰ってきた建姫達はかなり驚いたそうだ。意識を取り戻してからは、全員が納得のいく説明を求めてきて大変だった。正直に話すという手もあったが、ある考えが頭から離れなかったため、錬成時の事故だと誤魔化した。建姫達は納得のいかない顔をしていたが、何かを感じ取ったのだろう、それ以上は聞いてこなかった。
 城の内装をぼーっとしながら眺めていると、綺麗な銀髪をした女性とその後ろに隠れている白衣を羽織った赤毛の少女が近づいてきた。
 意識をそちらに集中させ構えていると、突然少女が大声で泣きながら謝ってきた。
 思わず目を白黒させる。
 まず、あの木箱には穴が空いていなかった。なのに奴は中に居た。つまり、報酬を詰めるときに偶然入り込んだか、誰かがわざと入れたということだ。これを自分は後者と判断し、目的は脅し、もしくは暗殺だろうと思い込んでいただけに、あまりに意外すぎた。
 前者ならばきっちり問い詰め、後者で虹蠍についての資料を隠滅させるためだったのなら、この場でおとなしくそれを渡し、自分達がどれだけ安全な存在か説こうと構えていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
 泣き止まない少女の代わりに銀髪の女性が説明し始める。
 説明を要約すると、天才博士らしいこの少女が改造した個体を間違えて報酬用の箱に入れてしまい、王国のテモットさんがそれに気づかずに報酬を詰めてしまった、とのことだった。
 すっかり毒気が抜けてしまった。女性に塔の損害の補填と右足の治療のことだけを伝え、城を後にする。
 大きく溜息を吐く。全く災難だった。だがもう終わった。塔に帰ろう。
 いや待て。
 普通、虹蠍なんて危険な魔物を少女に任せるか?そもそも何で王国が虹蠍の個体を所持している?
 思わず後ろを振り向く。少女はまだ泣いており、女性が必死に慰めていた。
 必死にさっき考えた事を打ち消す。王国が何をしていようが、「秩序」が保たれているのは王国のおかげだ。それを自分如きが崩せるとは思えなかったし、したいとも思わなかった。
 何かお土産でも買って帰ろう。そう足と暗い心をひきづりながら思った。
     
 
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