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「いんやぁ、遅くなってすまんのう」
「すまんね梅さん、助かるよ…おや、一人かい?」
「かっかっか、たまには一人で仕事せんとボケるわい」
「ははっ、それもそうだねぇ…社長さん自らなんて光栄だわぁ」

「九鬼造園業」とロゴの入った軽トラックから一人降りてきた初老の男性を、同じ年頃と思われる老女が孫を抱きながら出迎えた。
三歳ほどの子供は気の強そうな表情から男の子かと思ったが、近寄ってみれば可愛らしいワンピースを着てウサギのぬいぐるみを大事そうに抱えており、この家の孫は女の子だったとようやく思い出す。

「で、なんだっけ秀子さん。裏の倒木に虫が涌いた? 蜂かい? シロアリかい?」
「あのね! ふわふわの虫さんがね、おうちだからでてけーっていったの!!」
「…って、この子が言うもんだからねぇ、もしかしてと思って」
「ああ、おそらくゲで間違いねぇじゃろなぁ。お嬢ちゃん見つけてお手柄だったわい」
「えへへーみーちゃんえらいー」

くふくふと笑う幼子を軽く撫でてやってから、九鬼は軽トラックに積んでいた仕事道具をいくつか選んで腕に抱えていく。

「んでは秀子さん、孫ちゃんもいるし生け捕りと巣の撤去でいくからの」
「ええ、ええ。助かるわぁ梅さん」


案内された広々とした裏庭は、そのまま地区の里山…小さな雑木林と直結していた。
家屋のほど近くには長さ1m、太さ一抱えほどの朽ち木が転がっている。おそらくはこれのことだろう。さてどこから手を付けるか…と考え出した瞬間、後ろから聞こえてきた声に九鬼は慌てて振り返った。

「ンジョッ、ンジョッ…ゲェゲガンバレ、ガンバレゲェゲ…」

声の方角を伺ってみれば、朽ち木にほど近い勝手口、その脇に置かれた黄色のゴミ箱から紫色の尻尾がもるんもるんと蠢いているのが丸見えになっていた。あまりに堂々としたその姿にぽかんとして眺めていると、ほどなくして大きな舌をはみ出させた間抜け面がすぽんとゴミ箱から姿を現したのだった。その短い腕にチキンの骨やリンゴの皮を抱えている事から、十中八九ここに住むゲなのだろう。

「…飯付きの宿じゃ、話し合っても出て行かないじゃろうなぁ」

話し合いをするつもりなど最初から無かったが、そんなことを嘯きつつ、これはさっさと仕事を済ませてしまおうと九鬼は踵を返した。倒木からゴミ箱までは約10m。人間ならばなんてことはない距離だが、ゲにとっては絶望的な距離だ。問題ないだろう。
トンネル状になった倒木の両端のうち、排泄物の溜まっている、気配の少ない方へ捕縛のための網をまき付け、発煙筒を炊いて手早く放り込む。おまけとして発煙筒を入れた側へ荷物をおいて塞いでやれば、もうこの仕事は終わったも同然だ。

「ピリュゥゥ! ピリュゥゥゥ!!」
「マァマ、クルヂィヨォォォ!!」
「オヂビヂャ、ソッヂハメッダヨ! オドイレカラニゲリュンダヨォ!!」
「マァマ、タマゴサンオモイヨォォォ!!」
「オニイヂャンデショ、ガンバッデ!」

おうおう、卵までしっかり連れ出してくれるとは後の手間が省けるわい。背後からはゴミ箱を漁っていたゲルゲの「ゲェェ!? ナンデゲェノオウヂサンカラモクモクデテルノォォォ!?」と絶望したような叫び声が聞こえる。ちらりと視線を送れば、必死にもるもると這っているゲルゲが遠くに見えた…あのスピードならば何も心配はいらないだろう。本当に楽な仕事だ。
そんなことを考えているうちに、まず最初に逃がされた、身一つの身軽なベビゲが網の中に飛び込んできた。

「ピゥ、ピゥゥ…チュガレダヨォォ」
「アリェエ、オショラクリャイクリャイダネェ?」
「マァマ、オニーチャ、マダカニャ?」

引き続いて飛び込んできたのは、卵を一つ抱えさせられたチビゲ。こちらはベビゲと違って悲壮感でいっぱいだ。重さで思うように動けず煙を吸ったのか辛そうに咳き込み、ようやく自由になった掌で必死に顔や目を擦っている。

「ゲェェン、ゴホッ、ゲホッ…、…ゲェェェェン!」
「ナンデェ、ゴボッ、ゲュワリュイゴドシデニャイノニ、ガフッ…ニャンデェ…」
「ガホッ、ケムケムサン、ゴボッ…ナイナイ! ハナクナイナイシテネ、ボェッ」

そして最後に、逃げ遅れを確認しながら来たのだろうか、ママゲがのそりと姿を現した。生まれていない卵がいるというのに既に次を孕んでいるのか、腹部がでっぷりと丸い。のっそりした動きで網の中に歩みを進めたママゲは、あたりをぐるりと見回し、悲劇のヒロインのような表情で声を張り上げた。

「ゲホッ…アァ、イドシイコドモダヂ! ミンナブジデヨガッダ!!」
「マァマ!」
「ゲホッ、ペロペロシテ、マァマ~!」
「アガヂャダッゴ、マァマダッゴハヤグー!」
「ゲェェン、ゲェェン!! ゴワガッダヨォォォ!」
「ピリュゥゥゥン!」
「アガヂャグライグライサンコワイヨォ、マァマダッゴ!」
「ゲ? クライクライサン…?」
「ほいほい、仕上げじゃな、っと」

目の細かい網の中で害虫たちが騒いでいるのを確認した後に、仕上げとばかりに倒木をえいやっと抱え上げた。網の中のゲルゲ達がひっくり返されて悲鳴を上げる中、老体に優しい重さになっていた倒木から、出口付近に溜め込まれていた排泄物が、ゲルゲが生活に使っていたと思わしき枯れ草やプラスチックごみが、非常食と思わしき木の実が、そして最後に発煙筒が、ばらばらばらばらと、母ゲルゲに押しつぶされるような形になって苦しみもがく網袋の中にまき散らされていく。

「ゲェェェ!? ウンウンナンデェ!? ゲェゲノキレイナオケケガァ!!」
「マァマ、オモイヨォ…」
「ムギュゥ…クヂャァイ」
「ピョォォォォ!! ゲホッ…ピギィィィ!!」
「ンブブ…ンマンマザン、ゾコオハナダヨ! オグヂニイッデネ、オグヂニイッデネ!!」

やかましい網の中にゲルゲの巣の中身を全て積み込んで、万が一にも逃げ出さないようにぎゅっと口を縛る。それを適当に転がしたまま、まずは空になった倒木と持ち込んだ道具を抱え、家屋に向かって声を掛ける。

「おーい秀子さん、終わったぞいー!」
「あらあらあら、仕事が早いわねぇ」
「若いもんにはまだ負けられんからのう」

軽トラックに倒木と荷物を積み込み、適当な紐を持って裏庭に戻る。ゴミ箱から出てきたゲルゲは今はうごうごと蠢く網袋の2mほど離れたところを必死で這っていた。いつの間に家から出てきていたのか、必死にもるもるもるもると進むゲルゲの後に付くようにしながら、この家の孫娘がちょこちょこと歩いている。

「そーれお嬢ちゃん、ちょっとすまんの」

幼子がゲルゲに害されないよう若干歩みを早めつつ、取り上げるような形で持っていた紐をゲルゲに手早く結びつけた。人間の顔に酷似した部分にきつめに巻き付けて引っ張ってやれば、ゲルゲは潰れた蛙のような声を出して動きを止める。

「あー、ふわふわさんわんちゃんみたい、いいなー!」
「犬なら良かったんじゃが、こいつは害虫じゃからなぁ」
「がいちゅーさん?」
「そうじゃ、ゲルゲっちゅー害虫なんじゃよ」
「…ゲルゲちゃん!」

何が楽しいのかぴょんぴょんと跳ね回る幼子に苦笑しつつ、縛り上げたゲルゲを引き摺るようにして網袋へと近付いた。
網袋の中身は発煙筒のおかげかだいぶ弱っており、子ゲルゲやベビゲルゲのうち数匹は、生死は不明なもののぴくりとも動いていない。苦しみもがいた兄弟、もしくは母親に押しつぶされたと思わしき卵が割れて、じわりと網の穴からはみ出していた。

「ゲェェェ!? マァマ、オヂビヂャ、ナンデ、ナンデェェェ…!!?」

紐に繋がれてたゲルゲが、網の中の大惨事をようやく確認したらしく、緑色の液体を吐きながらガクガクと身体を痙攣させ始めた。どうやら一丁前にショックを受けているらしい。ほどなくして震えているゲルゲの身体の中程からジョロジョロと尿が、ぶりゅぶりゅと糞が漏れ出してくる…糞の臭さと量は虫と言うよりも獣に近い。

「ゲェゲノ…ゲェゲノシアワセナオウチ、ナンデェ、ドヂデェェ…?」
「あー……やられたわい」
「あははははは!! ゲルゲちゃんうんこ! うんこおもらししたー!!」

げんなりとする九鬼とは対照的に、幼子のテンションは一気に跳ね上がったようだった。糞尿のみならず、涙や鼻水のみならず泡まで吐いて汚物をコンプリートしているゲルゲの目の前で、まるで反復横跳びをしているかのような動きでぴょんぴょんと左右に飛び回っている。

「ウ…アナダ…?」
「ピィ、ピゥ、…パァパ? ゲュクルヂィヨォ…」
「マァマ! シッガリシデネ、ゲェゲイマイグガラネ!!」
「うんこ! おもらし! うんこ! うんこうんこうんこー!!」
「ゲェ…アナダ、マサカウンウンオモラシシダノ…? グヂャイ…」
「ゲェェェ!? チガウ、チガウヨォ、コレハチガウヨォ!!」
「ねーねーおもらしゲルゲちゃん、何のお話してるの? うんこのおはなしー!?」
「ゲゥノパァパ、リッパダカラ…オモラシシナイ、モン…」
「オチビヂャ…!」
「ダカラ、アノ、オモラシゲゥゲハ、ゲュノパァパジャナイモン…ナイナイ、ナイナイチテネ…!」
「ゲェェェェ!?」

自分達も燻された時に漏らしているくせに、それを棚に上げてママゲと子ゲはパパゲを罵っている。絶体絶命なのに余裕があるもんじゃと感心しつつ、九鬼はまず力ないブーイングを吐いていた網袋の方をひょいと持ち上げた。もるもるとする元気すらないのか、多少重みでずっしりしてはいるが静かなそれを持ち上げつつ、ふと思い立って手たままだった紐の方を、未だうんこに大喜びしている孫娘にそっと差し伸べてみる。

「なぁ嬢ちゃん、悪いが爺様の手伝いしてくれんかの?」
「!! おてつだい! みーちゃんする!!」
「よーしよし、んじゃこの紐持って、儂と車まで来てくれるかの?」
「はぁーい!! いくよーうんこちゃん!!」
「ゲブゥゥ!?」

犬の散歩さながらに勢いよくゲルゲに繋がった紐を引き、幼子が走り出す。網袋を抱えてその後を追えば、玄関先からはちょうど老婆が出てくるところだった。

「ちょうど良かった、秀子さん。儂ゃそろそろお暇するぞい」
「あらあらあら! さすが梅さんねぇ。仕事が早くて頼りになるわぁ」
「庭が糞やらゴミ6やらで、まあちーっと汚れてるんじゃが…」
「いいわよぉ、それは私がやっておくから!」
「悪いの秀子さん、お代はその分勉強させてもらうからのう」

和やかに会話を交わしてから表門を出れば、停めていた軽トラックの脇で幼子が胸を張って自分を待ち望んでいる。

「あいっ! おじーちゃん、ゲルゲちゃんどーぞっ!」
「ほいほい、ありがとうなぁお嬢ちゃん」

抱えていた網袋を荷台へ雑に放った後に、しゃがみこんで幼子から紐を仰々しい手つきで受け取ってやる。紐を若干たぐり寄せ、引き摺られてぐったりとしたゲルゲも適当に荷台へ放り投げた。
手袋を外し、ポケットに入れておいた黒飴をみっつほど「ご褒美」として渡してやれば、得意げだった顔が歓喜で染まっていく。

「おばーちゃん! おにわのおじいちゃんがあめくれたー!!」
「えぇー? いいのよ梅さん、気を遣わないで」
「かかっ、お手伝いのご褒美じゃから気にせんでいいわい」
「えへへー、おじーちゃんありがとう!」
「どういたしまして、じゃ。それじゃな秀子さん。請求書は若いのに届けさせるわ」
「はいはい、どうもありがとうねぇ」
「おじーちゃんばいばーい!!」

老女が幼子を抱き上げたのを確認してから、軽トラックに乗り込んでエンジンをかけた。バックで切り返しつつちらりとミラーを見れば、ぴくりとも動かない荷台の紫達の向こうに、こちらへ向かってぶんぶんと腕を振る子供の姿が映っている。

「かーっ、羨ましいのう…儂もはやく孫が欲しいわい…」

思わず口に出しながら、軽トラを駆使して自社までの道を進み始めた。九鬼の意識からは、自社に戻ってから堆肥に混ぜ込む予定のゲルゲなどすっかり抜け落ちている。楽しげな笑顔や小さな掌を思い出しては孫への羨望に身を焦がしつつ、トラックはのどかな町内を走り抜けていくのだった。


おしまい。
































     
 
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