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死生学 2020

#001

 はじめまして。死生学を担当する堀です。いろいろと不安な中、なんだか陰気な科目名の授業で、すみません。あまり重くなり過ぎないように進めていくつもりですので、宜しくお願いします。
 「死生学」・・・聞いたことのない言葉だな、という人も多いでしょう。国語辞典にも載っていない言葉なので、無理もありません。「学」の文字を「観」と変えると、「死生観」で、こちらは辞典に載っています。死と生についての考え方、という意味で、誰もが漠然とであれ、持っているものです。人それぞれの考え方である「死生観」を、いろんな角度から考察し、様々な立場の人と議論を重ねながらみんなで深めていく営みが、「死生学」だ、と言えます。ちょっと学問らしく(?)定義すると、こんな感じ。

死生学とは、
個々人および社会全体の死生観を深め、豊かにするための学問的な営みである。

 死生観にせよ、死生学にせよ、「生」より「死」が先に来ています。ふつうは人の「生き死に」だとか、「生死」(せいし、しょうじ)という順で並べるので、「死生」というのは、ちょっと逆立ちしたような表現です。
人生は人それぞれ、道はさまざまだけど、行き着く先は皆同じで、死を避けることのできる人はいません(いまのところ)。
誰もが避けられない「死」というものを、あらゆる生の共通分母のようなものとして、それぞれの生を考えるとどうなるか。あるいは、死というものを背景として、そこに注目しながら生というものを捉えてみると、どうなるか。「生」だけを取り出して人生を見るときとは違った見方や考え方が出てくるのではないか。・・・これが、死生観とか、死生学といった言葉が人々の関心を集めはじめたときの共通の問いでした。

#002

 少し抽象的な表現になったので、別な角度からの入口を見つけましょう。誰もが漠然とであれ死生観を持っている、と言いましたが、それを明確に意識したり、表現したりすることは稀です。そのように、私たちの心の奥底に隠れがちな死生観を、うまく形にしてくれる存在として、音楽や美術など、さまざまな形の創作に携わる人々がいます。たとえば、宇多田ヒカルの作品には、時おり、死を背景として生のかたちを浮かび上がらせるような、なにかドキッとするような表現が見られます。抜粋だとピンと来ないかもしれませんが・・・

「やがてみんな海にたどり着き ひとつになるから 怖くないけれど」
――Deep River 2002年より

「広い世界には未知なるステージ カバンは嫌い 邪魔なだけ 
強いお酒に怖い夢 いつか死ぬとき 手ぶらが best 」
――「忘却」2016年より

 熱心なファンというわけではないので、彼女の作品の中には、他にもよい例があるかもしれません。あるいは、他のアーティストの作品にも、その種の例はきっと見つかるでしょう。たとえば、あいみょんの「生きていたんだよな」(2016年)も、見知らぬ少女の死を伝えるニュース映像から生のリアリティを捉えなおすような、強烈なメッセージに貫かれています。冒頭で「飛び降り自殺」という直接的表現をさらりと使いながらも、全編を通じて「死」という言葉は一切使用されず、むしろ「生きて生きて…」という言葉が繰り返されているのも印象的です。

 「生きて生きて生きていたんだよな
  新しい何かが始まる時 消えたくなっちゃうのかな」

 宇多田ヒカルも、あいみょんも、独自の世界を持つアーティストです。他の言葉や表現には置き換えられない作品を作っている人たちですから、これが彼女たちの死生観の表現です、とか、死生学的な作品です、と言ってしまうと、なんだか野暮な感じがします。
しかし、死生学の観点から見て、こういった作品がとても興味深いものであることは確かです。もしも皆さんの中に、これらの表現に共感する部分があるなら、そこに「死生学」の扉を開くドアノブのようなものがある、と考えてもらえたら、と思います。他にも、皆さんの好んで聴いている歌や読んでいる小説、詩、あるいはお気に入りのマンガやアニメ、映画など、ここにもドアノブがありますよ、という心当たりがありましたら、ぜひ教えてください。死生学に限らず、自分の好きなものの世界にそういうドアノブをたくさん見つけることで、学問の世界が皆さんそれぞれの世界と断絶したものではなく、むしろつながっていることが実感できるはずです。

#003

 ところで、忘れてはならないのは、皆さんが看護を学んでいる人たちだということでした(誰も忘れてないでしょうが)。私は看護の専門では全くありませんが、死生学という学問を看護という仕事とのかかわりで見たとき、そこには他の仕事よりもいっそう深い関係があると思います。
 私たちがそれぞれに抱いている死生観は、ふだんはそれぞれの心の奥底に隠れていて、めったに意識化されない、と言いました。宇多田ヒカルやあいみょんのようなアーティストによって、ふとそこに光が当てられることがあっても、やはり、ふだんは隠れています。
隠れているのは、一言で言えば、私たちがさしあたり元気だからです。元気さが失われてくるとき、つまり、病や老いに直面し、その先に死の可能性が見えてきたとき、私たちは誰しも、ふだんは意識しない自分自身の死生観を、改めて問い直されることになります。
あるいは、自分自身ではなく、家族がそうした危機にさらされた時にも、やはり、それぞれの死生観が問われるでしょう。私について言えば、たとえば兄がガンを患い、当人への告知をどうするか、という大きな問題に突き当たったときに、兄自身の死生観はもちろん、告知の判断をゆだねられた父や母、そして私の死生観もまた、根本から問い直されるような経験をしました。
そうした危機のただ中では、自分や家族の死に対する不安や恐れを誰かに吐露したり、誰かとそれぞれの死生観について語り合ったりする場面が、おのずと出てきます。病や老いへの不安や恐れは、せんじ詰めれば死の問題につながっていることも多く、死について語ることが、そうした感情をいくぶん鎮めることも珍しくないようです(もちろん、逆もあるでしょう)。
いずれにせよ、人は病や老いの経験の中で、それまでは気にも留めなかった自らの死生観を語りはじめます。このことは、皆さんが学んでいる看護という仕事との関わりにおいて、とても大切な点です。看護という仕事には、「傾聴」という言葉とのかかわりの深さが指摘されるとおり、それぞれの患者や、その家族が抱いているさまざまな思いに耳を傾ける場面が多いようです(「聴」という文字が示すように、耳だけではなく、目や心も向けよ、と教えられていることと思います)。私自身、家族の病気を通して、看護師の方々がそのことをいかに重視しているかを、実感しています。日々の仕事の中で、死に対する患者それぞれの思いや価値観に触れることも珍しくないでしょう。死生学へのドアノブはそこかしこにあり、その先の世界にふだんから無関心ではいられないような事情が、看護という仕事にはあるようです。
もちろん、これは看護師を目指す皆さんにとって、ウキウキするようなことではないでしょう。しかし、患者の立場からすれば、看護師をはじめとする医療者が死生学の知見を持っていること、少なくとも、死生学の根本にある問い(#001、最後の下線部を振り返ってください)を軽んじず、その重要性を理解してくれていることは、とても心強い要素となります。

#004
次に、教科書について、少し説明しておいきましょう。まず、この本を教科書に選ぶ上で私が注目した点を、三つ述べておきます。
第一点は、本書が死生学と医療との接点に位置する事柄として、特に「グリーフ・ケア」に注目しているという点です。グリーフ・ケアは、一般的には、家族や友人など、大切な人との死別にともなう悲嘆(グリーフ)を抱えた人々へのケアを意味します。すでに死別を体験した人だけではなく、死別のときが近づいている、という予感にともなう悲嘆(予期悲嘆と言います)を抱える人もまた、グリーフ・ケアの対象となります。
第二点は、この場合の「グリーフ」という言葉を、死別に限らず、人が人生の中で何か大切なものを失うこと、様々な「喪失」にともなう悲しみや痛み全般を指すものとして、極めて広く捉えている点です。健康第一、という言葉があるように、健康もまた「大切なもの」だと考えれば、あらゆる病や怪我は「喪失」の体験であり、グリーフの引き金になりうる、と言えます。また、「老い」ということもまた、ただちに健康を失うわけではなくても、体力の衰えに伴い、かつてできたことができなくなる、という意味ではグリーフのもととなるでしょう。老いの先には、いのちという、究極の大切なものを失う「死」があるわけですから、老いには多かれ少なかれ、死への「予期悲嘆」が付いて回るのです。
第三点は、各人の抱えるグリーフが他者との対話の中で語られ、また他者によって聞き取られる、そのような相互性の中でグリーフ、悲嘆を捉えているという点です。悲嘆のモノローグ(独白)ではなく、悲嘆のダイアローグ(対話)が、本書には数多く収録されています。

#005

教科書の「序」を読んでください。

本日の課題

① 今日の授業内容について感想を書いてください。【200字~400字。段落を分けながら。】
② 教科書「序」について、コメントを書いてください。【字数自由。①より短くて良い。】



     
 
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